― 日本で進まない「心停止後の臓器提供」の制度的課題を指摘し、国としての体制整備を提言 ―
このたび、湘南鎌倉総合病院 腎移植外科部長 大久保恵太医師らによる提言論文が、国際的な移植専門誌『Transplantation』(Impact Factor 49)に掲載されました。
本論文は、日本ではほとんど普及していない「心停止後の臓器提供(DCD)」に焦点を当て、その背景にある終末期医療の制度的課題を指摘し、国として取り組むべき制度改革を提言したものです。
大久保医師は、日本の臓器移植医療を発展させるため、医療現場の課題を学術論文として発信し、国が制度改革を進めるための科学的根拠を積み重ねる活動に取り組んでいます。
脳死後と心停止後の臓器提供の違い
臓器提供には、大きく分けて「脳死後」と「心停止後」の2つの方法があります。
脳死では、脳の機能が失われても人工呼吸器などによって心臓の拍動が維持されています。
一方、心停止後の臓器提供(DCD)は、心臓が停止し、死亡が確認された後に臓器を提供する方法です。
欧米では、回復の見込みがない患者さんについて、本人の意思や医学的状況に基づいて延命治療の終了を決定し、その後の心停止を経て臓器提供を行う「controlled DCD」が広く実施されています。
しかし、日本ではこの方法がほとんど普及していません。
日本で心停止後の臓器提供が進まない理由
その背景には、日本の終末期医療をめぐる制度上の問題があります。
1998年の川崎協同病院事件では、気管チューブを抜去し、その後筋弛緩剤を投与した医師が殺人容疑で逮捕され、有罪となりました。また、2006年に発覚した射水市民病院事件では、人工呼吸器を取り外した医師が書類送検されましたが、最終的に不起訴となりました。
これらの事件は、日本の医療現場における延命治療の終了をめぐる議論に大きな影響を与えました。
その後、厚生労働省によるガイドラインは整備されましたが、医療従事者の法的な不安は依然として残っています。
また、延命治療の終了から死亡判定、臓器提供までを安全かつ適切に実施するための全国共通の手順も十分に確立されていません。
こうした制度的な課題が、心停止後の臓器提供の普及を妨げる要因の一つとなっています。
医療技術よりも先に、制度の整備を
近年、心停止後の臓器を機械で灌流・保存する技術が進歩し、移植可能な臓器を増やすことが期待されています。
しかし、本論文では、こうした新しい技術の導入だけでは心停止後の臓器提供を普及させることはできないと指摘しています。
重要なのは、臓器提供のために延命治療を終了するのではなく、まず患者さん本人の意思と最善の利益に基づいて終末期医療の方針を決定し、そのうえで臓器提供を検討することです。
そのためには、終末期医療の意思決定、死亡判定、臓器提供の手順、医療従事者の法的保護、第三者による検証などを含む、全国共通の透明性の高い制度を整える必要があります。
腎移植外科部長 大久保恵太医師のコメント
「日本で臓器提供が少ない理由を、国民の意識や文化だけの問題にしてはいけないと考えています。
臓器を提供したいという意思があっても、それを実現する制度が整っていなければ、提供の機会が失われ、救えるはずの命を救うことができません。
私は、日本の臓器移植医療を変えるためには、問題を訴えるだけでなく、学術論文として科学的根拠を積み重ね、国が制度改革に踏み出すための根拠を示すことが重要だと考えています。
今後も臨床現場から研究成果を発信し、患者さんやご家族の意思が尊重され、より多くの命を救える移植医療の実現を目指してまいります。」
掲載論文情報
- 掲載誌: Transplantation
- Impact Factor: 4.9(2025年)
- 論文タイトル: Governance Before Technology: Building Japan’s National Pathway for Controlled Donation After Circulatory Death
- 日本語訳: 技術よりも制度を先に―日本における心停止後臓器提供の全国的な体制構築に向けて
- 筆頭著者: 大久保恵太(湘南鎌倉総合病院 腎移植外科)
- オンライン掲載日: 2026年10月26日
- DOI: 10.1097/TP.0000000000005946
- 論文URL: https://doi.org/10.1097/TP.0000000000005946
『Transplantation』について
『Transplantation』は、国際移植学会(The Transplantation Society)の公式学術誌であり、臓器移植に関する臨床研究、基礎研究、医療政策などを幅広く扱う、国際的に評価の高い査読付き専門誌です。
2025年のImpact Factorは4.9で、移植医療分野の主要な学術誌の一つです。

